Dear My Star
幸せになろう。 僕らが出逢ったのは、きっとそのためだから。
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みじみじ進みます。
夏合宿での話が最初の山場かなー。
+++++
夏合宿での話が最初の山場かなー。
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掌から抜け落ちてしまった幸せはひとつだったはずなのに、気付けばすべて失っていた。
私はあの日から、父の顔をまともに見ることが出来ずにいる。
Dear My Star
04.南の島でのお説教
夏合宿が行われるのは、早乙女所有の南の島。
この広大な島が個人の所有だというのだから、税金等々のことを考えととてもじゃないが正気ではいられない。まぁ、冴は自分が今後こういったものを所有することはないと思っていたので何の心配もないのだが。自分は早乙女のような趣味は持ち合わせていない。
卒業オーディションのためのペアの見定めが主な目的だが、この3泊4日は実質修学旅行だ。
何せレッスン室も、防音加工の部屋もない。各部屋にキーボードは置かれているが、本気で唄おうものなら確実に近所迷惑だろう。練習などとてもじゃないが出来っこない。
この合宿が終われば夏休みの課題にその他の細々とした課題、卒業オーディションという怒涛の課題の波が押し寄せてくるので今のうちに息抜きをさせようという意図はわかるのだが、せめてコテージを防音にしてピアノを置いてくれるとか、そういう配慮も欲しかったとこっそり冴は思う。
本気でそんな設備投資をすれば莫大な資金が必要になるのはわかっているが、そこは相手があの早乙女である。きっとそれくらいは出来てしまうはずなのだ。とても本人には云えないが。
トキヤを怒鳴りつけたあの日から、冴はトキヤが唄うための曲を作り続けていた。
もう何曲も作り上げたが、どれもしっくりとこない。
出来が悪いわけではないのだ。むしろ、今まで作ってきたどの曲よりもいいものが出来たと自負している。
しかし、トキヤのために作っているのに、どれもトキヤのイメージとは違ってしまっていてやきもきしていた。
島に到着してからも部屋に籠って作曲していたのだが、やはりうまくいかない。
「んんんー・・・」
ヘッドフォンを外して、伸びをする。バキバキと鳴る背中が小気味いい。
と。
「・・・・・・・・・」
伸び続けてエビ反り気味になって、ふと目を開いて冴は固まった。
いつの間にか発生していた翔が、ジッと冴を眺めていたのだ。
10秒ほどの沈黙を挟んでから、冴はゆっくりと口を開く。
「・・・あのさ、一応私、女の子なんだけど?」
「知ってるけど?」
「じゃあノックもなしに女の子の部屋に入ってくる翔はなんなのかなー?」
「ノックもしたし、許可も取ったじゃん」
いつ。
さっき。
短く答えられて考える。
そういえばヘッドフォン越しにささやかなノックが聴こえて、もしかしたら生返事をしていたかもしれない。入っていいかという声にも応えていたかもしれない。
ただ、作曲に夢中になっていてすっかり忘れていただけで。
「・・・どれくらいここにいたの?」
「30分くらい?」
声かけなさいよ。
思ったが、気を遣ってくれたであろう翔に対してそんなことをいうのは理不尽だと思ったのでグッと黙る。
というか、30分も何もせずにただ冴を見ていただけだとしたら、むしろ翔に申し訳ないことをしてしまったではないか。
しかしきっとそれを翔に云っても彼は気にしていないと笑うだろう。
だったら、埋め合わせをすればいい。
冴は書き上げた楽譜を仕舞い、キーボードの電源も落とした。
「終わり?」
「うん、今日はここまで。あんまり煮詰めてもしょうがないしね」
「じゃ、遊び行こうぜ!」
途端に嬉しそうに立ち上がった翔に苦笑する。
3か月前食堂で一緒になって、直後の課題のペアになって以来翔は冴にひどく懐いていた。
ひとりっ子だった冴は翔が懐いてくれるのが嬉しくて、まるで弟が出来たようだと思っていたのだ。
翔には双子の弟がいるらしいが、女兄弟も実は欲しかったのだと以前に云っていて、じゃあ丁度よかったね、と笑ったのも記憶に新しい。
さすがに制服姿で外に出るつもりはなかったので一旦翔にはコテージの外で待っててもらい、手早く着替える。
マキシ丈の淡い水色のワンピースに、薄手の長袖カーディガン。しっかりと顔にも日焼け止めを塗り、大き目のつばの帽子を目深にかぶり、眼鏡の代わりにサングラス。今日は三つ編みではなく緩めに後ろでひとつに束ねていた。
いつもとはかなり雰囲気は変わるが、しかしてまどかの印象からも程遠い。気付かれることはまずないだろう。
「お待たせー」
念のため鏡でチェックしてから部屋の鍵だけ持って外に出ると、翔は近くの木陰でじりじりとした様子で待っていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・何、その不満げな顔」
「・・・別に」
なんでもない、と云う割にはなんでもなさそうな顔はしていない。
普段は思ったことは率直に口にして、云わなくていいことまで云うから引っ叩かれることが多い翔にしては珍しいことだった。
もしかして、似合っていないのだろうか。
着飾れば人気アイドルであることを自覚している分、自分で選んだ服が似合わなくて友人の機嫌を損ねてしまったとしたらものすごくへこむ。
翔のことだからそんなことはないとは思いたいが、一瞬過ってしまった考えはひどく落ち込むものだった。
するとそんな考えが顔に出てしまっていたのか、冴の顔を見た翔が慌てたように云った。
「いや、てっきり水着で来るかと思ったんだよ!」
だから普段着で出てきて、ちょっと残念だったっていうか。
という翔の言葉にやっと合点が行く。
確かにこんな南のリゾート地、外に行くといったら普通は水着で来るとは思うだろう。つまりやや期待外れだったという話で。
ホッとしたように笑った冴に、翔は少し照れくさそうに云った。
「それはそれで似合ってると思うぜ? なんか、いつもと全然違う」
「はは、ありがと。褒め言葉は素直に受け取っとくわ」
翔はお世辞などに頭が回るタイプではないので、きっとこれは本心なのだろう。そう思うと、他の人に褒められるよりもずっと嬉しかった。
にっこりと笑うと、翔もその笑顔ににっこりと返す。
「じゃあ行こうぜ。多分みんな待ちくたびれてる」
「・・・みんな?」
翔がぽろりと云った言葉に、冴はぴたりと動きを止める。
そんな冴の様子には気付かず、翔はあっけらかんと云った。
「そう。云わなかったか? いつものメンバーでビーチ行こうぜってなったんだよ」
「聞いてない! もう、そういうことは早く云いなさいよ!!」
ということは、すでに翔を30分も待たせたのだからみんな待ちくたびれたなんてものではないだろう。
遅刻で予定を狂わせるのが大嫌いな冴はこれまで自分が遅刻したことなんてなかったので、知らなかったとはいえみんなを待たせてしまったことに頭を抱えた。みんなは優しいので怒っていないとは思うが、非常に申し訳ないことをしたと思う。
「ああもう、走るわよ!!」
「え!? お前その格好でダッシュすんの!?」
「誰のせいだと!!」
場所や格好が変わっても変わらずの関係でいられることに感謝しつつ、しかしてみんなを待たせることになったのは許すまじ。
あとで覚えてろと心の中で念じながら、冴は走り出した。
息を切らせてビーチに到着した冴を待っていたのは、ものすごく残念そうな4人の顔だった。
男子諸君はまだわからないでもないが、何故春歌まで。
「なんで冴ちゃん私服なのぉー?」
あからさまにがっかりした様子の音也に絶句して。
「私も、冴ちゃんの水着姿見たかった・・・」
「・・・は、春歌・・・・・・」
思わず項垂れる。
こんな可愛い子から、そんな親父的発言など聞きたくなかった。
「明日は絶対水着着せてやる」
残念そうな顔をしていなかった友千香は憤怒の表情だった。聞こえてしまった台詞はぜひとも聞かなかったことにしたい。友千香、怖い。
だいたい水着の女子などそこらにうじゃうじゃいるのだから、冴ひとりが私服でいようと構わないだろうと思うのだ。
確かに少々浮いてはいても、違和感というほどではない。リゾートらしい格好であるはずだ。
だというのに、友人たちのこの反応。
隣で『だから云っただろ』という顔をしている翔が憎らしい。腹が立ったので砂を蹴りつけてやったが、翔は裸足、冴はサンダル。ダメージは自分の方が大きかった。砂がサンダルに入り込んで気持ち悪い。
日陰に入ったので帽子を外し、サンダルに入った砂を取り除きながらぼそりと呟く。
「理不尽だわ・・・」
「そうかぁ?」
「ニーズに応えるのも立派な仕事だと思うが」
「うっせぇムッツリ。作曲家の卵に何求めてんのよ」
真顔で云い放つ真斗をピシャリと一刀両断してやっても気が済まない。もっともらしい云い方をするから尚腹立たしかった。
この3か月の付き合いで彼らのことはそれなりに知ったつもりだったが、知れば知るほど第一印象とのギャップが大きすぎて眩暈がした。
何ゆえこんな思いをせねばならないのか。
そもそもこの合宿の目的は卒業オーディションのペアを決めるための選考期間なのだから、みんな遊んでないで学べ。
あまりにみんなの反応が冷たくて本末転倒な考えに意識を飛ばしていると、ポン、と肩を叩かれた。
いつの間にか傍に来ていた那月だった。
「確かに水着じゃないのは残念ですけど、そのワンピースもとっても可愛いですよ」
「な、なっちゃん・・・!」
別に褒められたくてこの服装でいるわけではなかったのに、周りが予想外の反応ばかりするものだから、ちょっと褒められて冴は舞い上がるほど嬉しかった。
これだ、こういう反応を待っていた。
「見習え男子! これがモテる男の気遣いよ!!」
「気遣いじゃなくて、本音ですよぉ」
にこにこと笑って云ってくれる那月が天使に見えた。きっと天使が実在するなら、那月のような存在のことをいうのだ。半ば本気でそう思い始めた冴だった。
笑顔のまま頭をなでる那月の腕をぺちぺちと叩きながら、未だに不満げな他のメンバーに非難のまなざしを向ける。
やたらと強靭な心臓を持つ彼らにこんな攻撃が有効だとは微塵も思っていないが、地味に腹は立つはずだ。ささやかすぎる報復だった。
「別にモテたいわけじゃねぇよ」
「確かに」
「そりゃあ好かれたら嬉しいけどね~」
冴の言葉に、本当に本当にささやかにプライドが傷つけられたのか反論を試みてきた3人に冴は不敵な笑みを返す。
「・・・あんたら、馬鹿?」
チッチッチと指を振り、翔、真斗、音也を順繰りに眺める。
モテたいわけじゃない。
そう云い返したくなる気持ちはわかる。むしろ結果的にはそう仕向けたと云ってもいいだろう。
だがしかし、彼らはわかっていない。
彼らが目指すのはアイドルだ。
単なる芸能人ではない。
アイドルの語源は『見る』という意味であり、今日では多くの場合『人気者』という意味で通っている。
つまり、みんなに愛される存在。
そして日本においてアイドルとは、愛を返さなければならない存在なのだ。
まどかとして、嫌と云うほどそれがわかっている冴は、『モテたくない』などとほざいたアイドル候補生を思い切り指さして笑ってやりたくなった。
モテたいわけではない。
それはつまり、アイドルを諦めているということに他ならない。
「アイドルとは何か!?」
突然の冴の台詞に3人は咄嗟に反応出来ずにいたが、もとより反応など求めていない。
まるで演説のように力の籠った声で、冴は堂々と云った。
「アイドルとはつまり、『みんなの恋人』!!!」
愛される。
これがまず最低条件。
そして次に、愛することが必須なのである。
モテなくてもいいというのは、愛されなくてもいいということ。
それではアイドルになどなれっこない。
何故なら、愛されないアイドルなど存在しないのだから。
「考えてみなさい。デビューして握手会やサイン会を開いたとする。そこにはあんたたちに会うために精一杯お洒落してくる女の子たちが殺到する。長話なんかは出来ないけど、少しくらいなら話す時間はあるわ。そこであんたたち、女の子になんて云うの? 今日は来てくれてありがとう。それだけ? そんなのどこぞの朴念仁にでも出来ることよ! いい? 女の子は褒めるもの! 愛すべきもの! 例えお世辞だっていいから女の子を褒められないような男は、アイドルとして失格よ!!!」
拳を握り、空いた方の手をビシリと突きつける。
本来なら人を指さすなんて行儀の悪いことはしない冴だが、こういうときは別だ。
冴が云っていることの意味を逐一理解したのか、3人は驚愕に顔を染めていた。実に壮観である。
翔は顔を青くして震えているし、真斗は目を伏せて拳を握りしめている。じゃあ褒める! と手を挙げている音也のことはもう無視しても構わないだろうか。
「その点、なっちゃんは将来有望だね~」
「ふふふ、ありがとうございます」
「・・・ところで」
未だに冴の頭をなでている天使の那月には手放しの賛辞を送り、それからここで一度も口を開いていない人物――レンを振り返る。
残念そうな顔も憤怒の表情を浮かべるでもなかった彼は、間抜け面をさらしていた。
いや、訂正しよう。
口は開いていた。
それはもう、黙っていれば整っている顔立ちを台無しにするレベルで口を開けっ放しで黙り込んでいた。
サングラス越しの暗めの視界でもこれだけ残念に映るのだから、裸眼で見ているみんな、特に春歌なんかにはどれほどの間抜け面に映っているのか少し興味があった。今度時間があったら春歌に感想を聞いてみようと思う。
なんて考えは億尾にも出さず、首を傾げる。
「こういう時はいの一番に褒めそやしそうなレンは、どうしちゃったわけ?」
別に普段から観察しているわけではないから本当のところは知らないが、レンは根っからのフェミニストで女たらしだと思っていたので、水着がどうのというよりも、那月に乗っかって話に入ってこなかったことが不思議だった。
何度も云うが、別に褒められたいわけではない。
ただ、レンにはそういうイメージがあるというだけの話で。
「え、ああ・・・そうだね」
「・・・・・・・・・」
何がそうだね、なのかわからない。
傍にいる那月を見上げると、笑って肩を竦めていた。
冴も一度肩を竦めてから、心ここに非ず進行形のレンをこれでも一応クラスメイトのよしみなりに心配し。
「何、太陽に当たりすぎて頭悪・・・痛くなった?」
「お前今なんつおうとした」
「口が滑った」
最近翔のツッコミが厳しい気がする。拾わなくていいところばかり拾われるので、実は口が上品ではないことが露見しつつあるのはちょっとした問題だった。
隣にいた真斗が容赦の欠片もない肘鉄を鳩尾に見舞ったことで漸く覚醒したらしいレンは、ものすごく格好悪く蹲って呻いていた。
全国の神宮寺レンファンに見せてやりたい。
普段あんだけ余裕ぶっこいた表情で女の子に甘い言葉を吐いている男の実態はこれです。
アイドルデビューする前にこういう写真をたくさん撮っておけば、いつかプレミアがつくかもしれない。今度真斗に相談してみようかとこっそり考えた。何故真斗かというと、同室であることを是非察してほしい。そういうことである。
やっと痛みが引いたのかよろよろと立ち上がったレンが真斗を睨み付けていたが、真斗にそんな視線が通用するはずがない。するならとっくに冴がフル活用している。
ひとり相撲を自覚したレンがため息をついて髪をかき上げた。きっとレンのファンならばこの気障ったらしい行動は垂涎ものなのだろうが、残念ながら冴はレンのファンではない。数十年前のトレンディドラマの主人公のような演出をされても、相手が相手なだけに笑ってしまいそうだった。
もう一言でもしゃべったら噴き出しそうだったので、真顔になって歯を食いしばる。某笑ってはいけない番組に出演させられている気分だった。すべてセルフ演出だが。
しかし、いつものすかした態度のレンよりも、今のように多少かっこ悪かったり間抜けだったりするほうが冴は好きだった。なんというか、レンもちゃんと人間なんだな、と妙な親近感がわくのだ。絶対に云ってはやらないが。
すると、レンとバチリと視線が合った。
また一瞬口を開けて固まりそうになっていたが、慌てたように手を口に当てる。不審者に見えてしょうがなかった。
しばらく視線を彷徨わせ、ゴホン、とひとつ咳払いしてから。
「似合ってるよ、レディ」
いつもの笑顔を向けてきたレンに、冴は。
「うわー、びっくりするほど嬉しくない!」
スッパリと云った。さっきまでの笑いは消え去ったが、代わりにサブイボが。
レンはピシリと固まり、むしろ会話を聞いていた外野のほうが悲惨な顔をした。
可愛らしい顔を引きつらせ、ぼそりと翔が呟く。
「ひっでぇ・・・」
「なっちゃんに似合ってるって云われたら嬉しいのに、レンに云われると逆にイラッとするから不思議。日ごろの行いって大事ね」
さらっと鬼のようなことを云っているが、誰も反論もフォローも出来ないのであった。レンは黙って項垂れていた。
さて、南の島の日は長いが、遅くなればそれなりに水も空気も冷たくなる。
そろそろ3時も近いので、自分はいいとしてもしっかり水着着用しているみんなは遊びたいのでは、と思った冴は仕切り直しとばかりに両手を合わせた。
「さ、じゃあ私はここにいるから、みんなは泳いできたら?」
「えー、冴はあっち行かないのかよ?」
「日焼けしたくないもん」
つまんねぇ! という翔の言葉を無視し、冴はパラソルの下の椅子に腰を下ろす。
飲み物は電子リモコンで注文すると食堂から運んでもらえるシステムになっているようだ。相変わらず無駄なところに無駄な手間をかけてるなぁとは思いつつ便利なので使うことにする。
じゃああとでと春歌と友千香に手を振り、未練がましい視線を寄越す翔と音也をしっしと追いやり、未だぼんやりとしているレンに呆れ、今後が楽しみだと意味の分からない捨て台詞を残していった真斗を半眼で睨みつけてからパイナップルジュースを注文した。
南の島の太陽が燦々と輝いている。
合宿は始まったばかりだった。
To be next
20120708
私はあの日から、父の顔をまともに見ることが出来ずにいる。
Dear My Star
04.南の島でのお説教
夏合宿が行われるのは、早乙女所有の南の島。
この広大な島が個人の所有だというのだから、税金等々のことを考えととてもじゃないが正気ではいられない。まぁ、冴は自分が今後こういったものを所有することはないと思っていたので何の心配もないのだが。自分は早乙女のような趣味は持ち合わせていない。
卒業オーディションのためのペアの見定めが主な目的だが、この3泊4日は実質修学旅行だ。
何せレッスン室も、防音加工の部屋もない。各部屋にキーボードは置かれているが、本気で唄おうものなら確実に近所迷惑だろう。練習などとてもじゃないが出来っこない。
この合宿が終われば夏休みの課題にその他の細々とした課題、卒業オーディションという怒涛の課題の波が押し寄せてくるので今のうちに息抜きをさせようという意図はわかるのだが、せめてコテージを防音にしてピアノを置いてくれるとか、そういう配慮も欲しかったとこっそり冴は思う。
本気でそんな設備投資をすれば莫大な資金が必要になるのはわかっているが、そこは相手があの早乙女である。きっとそれくらいは出来てしまうはずなのだ。とても本人には云えないが。
トキヤを怒鳴りつけたあの日から、冴はトキヤが唄うための曲を作り続けていた。
もう何曲も作り上げたが、どれもしっくりとこない。
出来が悪いわけではないのだ。むしろ、今まで作ってきたどの曲よりもいいものが出来たと自負している。
しかし、トキヤのために作っているのに、どれもトキヤのイメージとは違ってしまっていてやきもきしていた。
島に到着してからも部屋に籠って作曲していたのだが、やはりうまくいかない。
「んんんー・・・」
ヘッドフォンを外して、伸びをする。バキバキと鳴る背中が小気味いい。
と。
「・・・・・・・・・」
伸び続けてエビ反り気味になって、ふと目を開いて冴は固まった。
いつの間にか発生していた翔が、ジッと冴を眺めていたのだ。
10秒ほどの沈黙を挟んでから、冴はゆっくりと口を開く。
「・・・あのさ、一応私、女の子なんだけど?」
「知ってるけど?」
「じゃあノックもなしに女の子の部屋に入ってくる翔はなんなのかなー?」
「ノックもしたし、許可も取ったじゃん」
いつ。
さっき。
短く答えられて考える。
そういえばヘッドフォン越しにささやかなノックが聴こえて、もしかしたら生返事をしていたかもしれない。入っていいかという声にも応えていたかもしれない。
ただ、作曲に夢中になっていてすっかり忘れていただけで。
「・・・どれくらいここにいたの?」
「30分くらい?」
声かけなさいよ。
思ったが、気を遣ってくれたであろう翔に対してそんなことをいうのは理不尽だと思ったのでグッと黙る。
というか、30分も何もせずにただ冴を見ていただけだとしたら、むしろ翔に申し訳ないことをしてしまったではないか。
しかしきっとそれを翔に云っても彼は気にしていないと笑うだろう。
だったら、埋め合わせをすればいい。
冴は書き上げた楽譜を仕舞い、キーボードの電源も落とした。
「終わり?」
「うん、今日はここまで。あんまり煮詰めてもしょうがないしね」
「じゃ、遊び行こうぜ!」
途端に嬉しそうに立ち上がった翔に苦笑する。
3か月前食堂で一緒になって、直後の課題のペアになって以来翔は冴にひどく懐いていた。
ひとりっ子だった冴は翔が懐いてくれるのが嬉しくて、まるで弟が出来たようだと思っていたのだ。
翔には双子の弟がいるらしいが、女兄弟も実は欲しかったのだと以前に云っていて、じゃあ丁度よかったね、と笑ったのも記憶に新しい。
さすがに制服姿で外に出るつもりはなかったので一旦翔にはコテージの外で待っててもらい、手早く着替える。
マキシ丈の淡い水色のワンピースに、薄手の長袖カーディガン。しっかりと顔にも日焼け止めを塗り、大き目のつばの帽子を目深にかぶり、眼鏡の代わりにサングラス。今日は三つ編みではなく緩めに後ろでひとつに束ねていた。
いつもとはかなり雰囲気は変わるが、しかしてまどかの印象からも程遠い。気付かれることはまずないだろう。
「お待たせー」
念のため鏡でチェックしてから部屋の鍵だけ持って外に出ると、翔は近くの木陰でじりじりとした様子で待っていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・何、その不満げな顔」
「・・・別に」
なんでもない、と云う割にはなんでもなさそうな顔はしていない。
普段は思ったことは率直に口にして、云わなくていいことまで云うから引っ叩かれることが多い翔にしては珍しいことだった。
もしかして、似合っていないのだろうか。
着飾れば人気アイドルであることを自覚している分、自分で選んだ服が似合わなくて友人の機嫌を損ねてしまったとしたらものすごくへこむ。
翔のことだからそんなことはないとは思いたいが、一瞬過ってしまった考えはひどく落ち込むものだった。
するとそんな考えが顔に出てしまっていたのか、冴の顔を見た翔が慌てたように云った。
「いや、てっきり水着で来るかと思ったんだよ!」
だから普段着で出てきて、ちょっと残念だったっていうか。
という翔の言葉にやっと合点が行く。
確かにこんな南のリゾート地、外に行くといったら普通は水着で来るとは思うだろう。つまりやや期待外れだったという話で。
ホッとしたように笑った冴に、翔は少し照れくさそうに云った。
「それはそれで似合ってると思うぜ? なんか、いつもと全然違う」
「はは、ありがと。褒め言葉は素直に受け取っとくわ」
翔はお世辞などに頭が回るタイプではないので、きっとこれは本心なのだろう。そう思うと、他の人に褒められるよりもずっと嬉しかった。
にっこりと笑うと、翔もその笑顔ににっこりと返す。
「じゃあ行こうぜ。多分みんな待ちくたびれてる」
「・・・みんな?」
翔がぽろりと云った言葉に、冴はぴたりと動きを止める。
そんな冴の様子には気付かず、翔はあっけらかんと云った。
「そう。云わなかったか? いつものメンバーでビーチ行こうぜってなったんだよ」
「聞いてない! もう、そういうことは早く云いなさいよ!!」
ということは、すでに翔を30分も待たせたのだからみんな待ちくたびれたなんてものではないだろう。
遅刻で予定を狂わせるのが大嫌いな冴はこれまで自分が遅刻したことなんてなかったので、知らなかったとはいえみんなを待たせてしまったことに頭を抱えた。みんなは優しいので怒っていないとは思うが、非常に申し訳ないことをしたと思う。
「ああもう、走るわよ!!」
「え!? お前その格好でダッシュすんの!?」
「誰のせいだと!!」
場所や格好が変わっても変わらずの関係でいられることに感謝しつつ、しかしてみんなを待たせることになったのは許すまじ。
あとで覚えてろと心の中で念じながら、冴は走り出した。
息を切らせてビーチに到着した冴を待っていたのは、ものすごく残念そうな4人の顔だった。
男子諸君はまだわからないでもないが、何故春歌まで。
「なんで冴ちゃん私服なのぉー?」
あからさまにがっかりした様子の音也に絶句して。
「私も、冴ちゃんの水着姿見たかった・・・」
「・・・は、春歌・・・・・・」
思わず項垂れる。
こんな可愛い子から、そんな親父的発言など聞きたくなかった。
「明日は絶対水着着せてやる」
残念そうな顔をしていなかった友千香は憤怒の表情だった。聞こえてしまった台詞はぜひとも聞かなかったことにしたい。友千香、怖い。
だいたい水着の女子などそこらにうじゃうじゃいるのだから、冴ひとりが私服でいようと構わないだろうと思うのだ。
確かに少々浮いてはいても、違和感というほどではない。リゾートらしい格好であるはずだ。
だというのに、友人たちのこの反応。
隣で『だから云っただろ』という顔をしている翔が憎らしい。腹が立ったので砂を蹴りつけてやったが、翔は裸足、冴はサンダル。ダメージは自分の方が大きかった。砂がサンダルに入り込んで気持ち悪い。
日陰に入ったので帽子を外し、サンダルに入った砂を取り除きながらぼそりと呟く。
「理不尽だわ・・・」
「そうかぁ?」
「ニーズに応えるのも立派な仕事だと思うが」
「うっせぇムッツリ。作曲家の卵に何求めてんのよ」
真顔で云い放つ真斗をピシャリと一刀両断してやっても気が済まない。もっともらしい云い方をするから尚腹立たしかった。
この3か月の付き合いで彼らのことはそれなりに知ったつもりだったが、知れば知るほど第一印象とのギャップが大きすぎて眩暈がした。
何ゆえこんな思いをせねばならないのか。
そもそもこの合宿の目的は卒業オーディションのペアを決めるための選考期間なのだから、みんな遊んでないで学べ。
あまりにみんなの反応が冷たくて本末転倒な考えに意識を飛ばしていると、ポン、と肩を叩かれた。
いつの間にか傍に来ていた那月だった。
「確かに水着じゃないのは残念ですけど、そのワンピースもとっても可愛いですよ」
「な、なっちゃん・・・!」
別に褒められたくてこの服装でいるわけではなかったのに、周りが予想外の反応ばかりするものだから、ちょっと褒められて冴は舞い上がるほど嬉しかった。
これだ、こういう反応を待っていた。
「見習え男子! これがモテる男の気遣いよ!!」
「気遣いじゃなくて、本音ですよぉ」
にこにこと笑って云ってくれる那月が天使に見えた。きっと天使が実在するなら、那月のような存在のことをいうのだ。半ば本気でそう思い始めた冴だった。
笑顔のまま頭をなでる那月の腕をぺちぺちと叩きながら、未だに不満げな他のメンバーに非難のまなざしを向ける。
やたらと強靭な心臓を持つ彼らにこんな攻撃が有効だとは微塵も思っていないが、地味に腹は立つはずだ。ささやかすぎる報復だった。
「別にモテたいわけじゃねぇよ」
「確かに」
「そりゃあ好かれたら嬉しいけどね~」
冴の言葉に、本当に本当にささやかにプライドが傷つけられたのか反論を試みてきた3人に冴は不敵な笑みを返す。
「・・・あんたら、馬鹿?」
チッチッチと指を振り、翔、真斗、音也を順繰りに眺める。
モテたいわけじゃない。
そう云い返したくなる気持ちはわかる。むしろ結果的にはそう仕向けたと云ってもいいだろう。
だがしかし、彼らはわかっていない。
彼らが目指すのはアイドルだ。
単なる芸能人ではない。
アイドルの語源は『見る』という意味であり、今日では多くの場合『人気者』という意味で通っている。
つまり、みんなに愛される存在。
そして日本においてアイドルとは、愛を返さなければならない存在なのだ。
まどかとして、嫌と云うほどそれがわかっている冴は、『モテたくない』などとほざいたアイドル候補生を思い切り指さして笑ってやりたくなった。
モテたいわけではない。
それはつまり、アイドルを諦めているということに他ならない。
「アイドルとは何か!?」
突然の冴の台詞に3人は咄嗟に反応出来ずにいたが、もとより反応など求めていない。
まるで演説のように力の籠った声で、冴は堂々と云った。
「アイドルとはつまり、『みんなの恋人』!!!」
愛される。
これがまず最低条件。
そして次に、愛することが必須なのである。
モテなくてもいいというのは、愛されなくてもいいということ。
それではアイドルになどなれっこない。
何故なら、愛されないアイドルなど存在しないのだから。
「考えてみなさい。デビューして握手会やサイン会を開いたとする。そこにはあんたたちに会うために精一杯お洒落してくる女の子たちが殺到する。長話なんかは出来ないけど、少しくらいなら話す時間はあるわ。そこであんたたち、女の子になんて云うの? 今日は来てくれてありがとう。それだけ? そんなのどこぞの朴念仁にでも出来ることよ! いい? 女の子は褒めるもの! 愛すべきもの! 例えお世辞だっていいから女の子を褒められないような男は、アイドルとして失格よ!!!」
拳を握り、空いた方の手をビシリと突きつける。
本来なら人を指さすなんて行儀の悪いことはしない冴だが、こういうときは別だ。
冴が云っていることの意味を逐一理解したのか、3人は驚愕に顔を染めていた。実に壮観である。
翔は顔を青くして震えているし、真斗は目を伏せて拳を握りしめている。じゃあ褒める! と手を挙げている音也のことはもう無視しても構わないだろうか。
「その点、なっちゃんは将来有望だね~」
「ふふふ、ありがとうございます」
「・・・ところで」
未だに冴の頭をなでている天使の那月には手放しの賛辞を送り、それからここで一度も口を開いていない人物――レンを振り返る。
残念そうな顔も憤怒の表情を浮かべるでもなかった彼は、間抜け面をさらしていた。
いや、訂正しよう。
口は開いていた。
それはもう、黙っていれば整っている顔立ちを台無しにするレベルで口を開けっ放しで黙り込んでいた。
サングラス越しの暗めの視界でもこれだけ残念に映るのだから、裸眼で見ているみんな、特に春歌なんかにはどれほどの間抜け面に映っているのか少し興味があった。今度時間があったら春歌に感想を聞いてみようと思う。
なんて考えは億尾にも出さず、首を傾げる。
「こういう時はいの一番に褒めそやしそうなレンは、どうしちゃったわけ?」
別に普段から観察しているわけではないから本当のところは知らないが、レンは根っからのフェミニストで女たらしだと思っていたので、水着がどうのというよりも、那月に乗っかって話に入ってこなかったことが不思議だった。
何度も云うが、別に褒められたいわけではない。
ただ、レンにはそういうイメージがあるというだけの話で。
「え、ああ・・・そうだね」
「・・・・・・・・・」
何がそうだね、なのかわからない。
傍にいる那月を見上げると、笑って肩を竦めていた。
冴も一度肩を竦めてから、心ここに非ず進行形のレンをこれでも一応クラスメイトのよしみなりに心配し。
「何、太陽に当たりすぎて頭悪・・・痛くなった?」
「お前今なんつおうとした」
「口が滑った」
最近翔のツッコミが厳しい気がする。拾わなくていいところばかり拾われるので、実は口が上品ではないことが露見しつつあるのはちょっとした問題だった。
隣にいた真斗が容赦の欠片もない肘鉄を鳩尾に見舞ったことで漸く覚醒したらしいレンは、ものすごく格好悪く蹲って呻いていた。
全国の神宮寺レンファンに見せてやりたい。
普段あんだけ余裕ぶっこいた表情で女の子に甘い言葉を吐いている男の実態はこれです。
アイドルデビューする前にこういう写真をたくさん撮っておけば、いつかプレミアがつくかもしれない。今度真斗に相談してみようかとこっそり考えた。何故真斗かというと、同室であることを是非察してほしい。そういうことである。
やっと痛みが引いたのかよろよろと立ち上がったレンが真斗を睨み付けていたが、真斗にそんな視線が通用するはずがない。するならとっくに冴がフル活用している。
ひとり相撲を自覚したレンがため息をついて髪をかき上げた。きっとレンのファンならばこの気障ったらしい行動は垂涎ものなのだろうが、残念ながら冴はレンのファンではない。数十年前のトレンディドラマの主人公のような演出をされても、相手が相手なだけに笑ってしまいそうだった。
もう一言でもしゃべったら噴き出しそうだったので、真顔になって歯を食いしばる。某笑ってはいけない番組に出演させられている気分だった。すべてセルフ演出だが。
しかし、いつものすかした態度のレンよりも、今のように多少かっこ悪かったり間抜けだったりするほうが冴は好きだった。なんというか、レンもちゃんと人間なんだな、と妙な親近感がわくのだ。絶対に云ってはやらないが。
すると、レンとバチリと視線が合った。
また一瞬口を開けて固まりそうになっていたが、慌てたように手を口に当てる。不審者に見えてしょうがなかった。
しばらく視線を彷徨わせ、ゴホン、とひとつ咳払いしてから。
「似合ってるよ、レディ」
いつもの笑顔を向けてきたレンに、冴は。
「うわー、びっくりするほど嬉しくない!」
スッパリと云った。さっきまでの笑いは消え去ったが、代わりにサブイボが。
レンはピシリと固まり、むしろ会話を聞いていた外野のほうが悲惨な顔をした。
可愛らしい顔を引きつらせ、ぼそりと翔が呟く。
「ひっでぇ・・・」
「なっちゃんに似合ってるって云われたら嬉しいのに、レンに云われると逆にイラッとするから不思議。日ごろの行いって大事ね」
さらっと鬼のようなことを云っているが、誰も反論もフォローも出来ないのであった。レンは黙って項垂れていた。
さて、南の島の日は長いが、遅くなればそれなりに水も空気も冷たくなる。
そろそろ3時も近いので、自分はいいとしてもしっかり水着着用しているみんなは遊びたいのでは、と思った冴は仕切り直しとばかりに両手を合わせた。
「さ、じゃあ私はここにいるから、みんなは泳いできたら?」
「えー、冴はあっち行かないのかよ?」
「日焼けしたくないもん」
つまんねぇ! という翔の言葉を無視し、冴はパラソルの下の椅子に腰を下ろす。
飲み物は電子リモコンで注文すると食堂から運んでもらえるシステムになっているようだ。相変わらず無駄なところに無駄な手間をかけてるなぁとは思いつつ便利なので使うことにする。
じゃああとでと春歌と友千香に手を振り、未練がましい視線を寄越す翔と音也をしっしと追いやり、未だぼんやりとしているレンに呆れ、今後が楽しみだと意味の分からない捨て台詞を残していった真斗を半眼で睨みつけてからパイナップルジュースを注文した。
南の島の太陽が燦々と輝いている。
合宿は始まったばかりだった。
To be next
20120708
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