2012/07/14 (Sat) 図書室にて

胸に生まれ始めた気持ちの名前は何？



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早乙女学園の図書室の蔵書量は半端でない。
ほとんどが音楽関係のものばかりなのだが、こんなにもたくさんの本が出版されているのかと思うと圧巻だった。
レンは特に読書家ではないが、実家にいたころに購読していた音楽雑誌がこの図書館にも入荷されたと聞いて、初めて足を向けていたところだった。
扉を開けると本独特の匂いが鼻を霞める。
嫌いではないが、好きにもなれそうにないな、とぼんやり思いながら目当ての雑誌を探すために歩いていると、ふと見知った少女の姿を見つけた。
冴だった。
食堂でもそうするように、図書室の机でも端っこを好んでいるらしい。
声をかけようとして、息を飲む。
数冊の難しそうな本を開き、目を通してはノートにペンを走らせる。
それを何度か繰り返したあと、別の本を開いて動かなくなった。

―――その、冴の眼があまりにも真剣で。

とてもじゃないが、声などかけられそうになかった。
だったらさっさと目当ての雑誌を借りて出ていけばいいのに、それすらも出来ない。
レンはあの冴の眼が好きだった。
目が離せなくなるのだ。
思えばレンは、最初から冴の眼に惹かれていたのだと気付く。

課題のプリントを真っ白のままにし、やる気などないと笑ったあのとき。
あのときの眼ではもう見られたくないが、今でも忘れられずにいるのはあの冷たい目にさえも惹かれたからで。

これだけジッと見つめているのにレンにまったく気付かない冴に、レンは心の中で念じる。
気付け。
こっちに気付いて。
そして、俺を見て。
思ってから軽く頭を振る。
馬鹿々々しい。
こんなことを考えたって、冴が自分を見るはずがないのに。
彼女の集中力は知っている。
一度集中すると、周りがどんなにうるさかろうと自分の世界に没頭し続けられるのだ。
だから、真剣に勉強している彼女がこちらを見るはずなどないに決まっている。

と、思った次の瞬間だった。

ふと冴が顔を上げて、バチリとレンと視線がかち合って。
冴は驚いたようにパチクリと瞬きをし、レンはまるでオイルの切れた機械のようにガチッと固まってしまった。
我ながら、情けないと思う。
直後。
「神宮寺くん」
ふわり、と冴が表情を和らげてくれたことが、心臓が跳ね上がるほど嬉しかったなんて。

―――きっと、誰にも話せない。





徐々に。


２０１２０７１０