2012/07/17 (Tue) その代償は

さっちゃんも出したいです



＋＋＋＋＋

「冴さん」
「嫌です」

真剣な表情で名前を呼んできた翔を、冴は一刀両断した。
途端に情けない顔になった翔がひでぇと非難の声を上げても気にしない。普段は呼び捨てにしてくるくせにわざわざ敬称を付けてくる時点でいい予感などしなかった。
「なー頼むよー、課題助けてくれよー」
「自力でやらなきゃ意味ないでしょ」
「自力でやってわかんなかったから困ってるんだろ！」
「･････････」
もはや半泣きの翔を呆れて見る。確かにいつもの課題は期間ギリギリになろうと自力でやっているようだし、嘘をついているようには見えない。
はぁ、とため息を吐き出したのは翔に対してではない。結局、翔には甘い自分に呆れたのだった。
「･･･どこ？」
「これ」
差し出されたプリントに目を走らせて、ああそういえばこれはなかなか厄介だったなぁと合点が行く。しかし直接答えを教えるのはやはり翔のためにならないので、自分が使った参考文献を貸すことにした。タイミングよく、図書室に返すために鞄の中に入っていた。
漫画以外の本は読まないと豪語していた翔は細かい字で埋め尽くされていたその本を見て嫌そうな顔をしていたが、冴が答えだけを教えてくれるわけがないとは予想出来ていたのか、嫌々ながらもページを捲る。
やっとの思いで目当ての部分を見つけだし、それを空欄の数だけ繰り返した。半分近く白かったのはこの際どうでもいいことである。
「終わったー、サンキュー冴！」
「どういたしまして」
立派に役目を果たした本を図書室に返却し、翔の課題も無事提出出来た。
ご機嫌になった翔が自動販売機のお茶を自分と冴に購入し、中庭に向かって歩きながら翔が云った。
「何かお礼に出来ることとかあるか？」
「え？ もうお茶もらったし十分だけど」
「えーつまんねー」
理不尽だ。
何故返礼を求めなかったことがつまんねーと云われなければならないのかわからなかったが、ふむ、と冴は考える。
そういえば気になっていることがひとつあって、でも出来れば自分じゃない誰かにやってもらいたいなぁと思っていることがあったのだ。

「じゃあ、なっちゃんの眼鏡奪取してきて」

「え？ お前実は俺のこと嫌いなの？」
「なんでよ」
「なんでって」
きょとんと首を傾げた冴に、そういえばこいつはまだ知らないんだったと翔は気付く。
知っている上でこんなことを云うのなら、いじわるとか冗談とかそういう言葉では云い表せないほど恨まれているに違いないから。
そんな翔の心中など知らない冴は、のんびりとお茶をすすりながら云った。
「なっちゃんて格好いいのに眼鏡してるの勿体ないなって思ってたんだよね。一回くらい素顔見てみたいなーって」
でも自分でやるのは少し忍びないと思っていたところに、翔のこの申し出である。甘えない手はないと思ったのだった。
何故か心底嫌そうに顔を歪めている翔を見て、冴は一言。
「男に二言は？」
「･･･ううう」
「二言は？」
「･･･わかったよ」
「やったー翔くんのそういうところ好きよ！」
脅しておいてよく云う。
これから起こる悲劇を考えると、いくら好きと云われたところで欠片も嬉しくないのは何も不思議ではなかった。
出来れば穏便に済めばいいなぁと思うのは、これまでの経験上ありえないとわかっているが故の現実逃避だ。
眼鏡を外した那月が穏便だったことなど一度もないのだから。
「あ、なっちゃん」
「え」
なんてタイミングの悪い。
せめてもう少し心の準備をさせて欲しかったが、冴の期待に満ちた目を見てしまっては今更嫌だとは云えないし、己のプライドにかけても云いたくなかった。
眼鏡を外した顔を期待されているというのはそっくりそのままお前もな、と思いつつ、ふたりに気付いて笑顔で近付いてくる那月を遠い目で見つめる。
どうか殴られませんように。

―――冴が砂月の存在を知る、３０秒前。





多分翔くんだけ殴られて、冴はギャップ萌えしてなっちゃんは天使だったってなる。さっちゃんは冴の反応が割と嫌いじゃないよきっと


２０１２０７１０