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Dear My Star

幸せになろう。 僕らが出逢ったのは、きっとそのためだから。

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何が大丈夫かなんて、そんなのは知らない。



+++++

今日は自然と全員が図書室に集まっていた。
いつも通り端の席でそれぞれ課題に取り組んでおり、一足先に図書室にいたは、はやり一足先に課題を終わらせた。
翌日は平日だが、那月にハンバーグのリクエストを受けていたので弁当を作ることになっている。
課題も終わったし、早めに戻って下ごしらえをしようと席を立ったのだが。

「・・・・・・おーい」
立ち上がった冴の腰に、重りがついていた。
音也だった。
「ちょっと、誰かこれどうにかして」
「頑張れ」
「明日のハンバーグは翔だけ小サイズ」
「ダジャレといじめを掛けるな」
頼りにならない親友である。
翔に向けてわざと大きく舌打ちしてから、いきなり抱きついてきた音也を見る。

音也は普段確かにスキンシップは激しいが、抱きついてくることはさほどなかったはずだ。尻尾を振った犬のような、しかし抑えるところは抑えていて、だからこそはいろんなことに目をつむってきたのだけれど。
まるで小さな子どもがするようにに抱きついている音也は、しかし何も云おうとしない。
何かあったのかと思いAクラス組に視線で問いかけても肩を竦めるだけだし、そもそもついさっきまではいつもと変わらない音也だった。
一体どうしたということか。

はポンと音也の頭に手を置いて、宥めるように優しい声で名前を呼ぶ。
「音也?」
「・・・・・・・・・」
「音也、離してくれないと私帰れないよ?」
「・・・どこに?」
「え?」
くぐもった声が聞こえた。
質問の意味がわからず、は首を傾げる。

ちゃん、どこに帰るの?」

「―――・・・」
いじけた子どものように、音也は抱きついたまま上目遣いにを見た。
その目に射抜かれて、思わずは言葉を失う。
「なんか今、ちゃんがどっかに行っちゃう気がして怖かった」
ここじゃないところに、どこか遠いところに。
その言葉が意味することを、果たして音也は気付いた上で問うているのだろうか。
「・・・なぁに、それ」
ふっと笑う。
笑って、は音也の頭を優しくなでる。
「・・・寮の、自分の部屋に帰るだけよ」
それこそ、母親が子どもにそうするように、ひどく優しく。

「・・・でも、そうね。音也が課題終るまで、待っててあげる」
「・・・ホント?」
それでもまだ不安そうにしている音也に、にっこりと微笑む。
「本当」
が音也の目を見て頷くと、やっと音也も安心したように微笑んだ。いつもの太陽のような笑顔からは程遠いけれど、ちゃんとした笑顔。
それから音也はが隣に座ったことを確認してから再び課題に取り組み始めた。ただでさえ進みが遅いのに、時々ちらりと隣のの様子を確認するから余計に遅い。
普段であればそんな集中力を欠いた様子な音也は一喝するところだが、今日ばかりは何も云う気になれなかった。

音也は勘が鋭い。
きっと、本能のずっと深いところではがいつかいなくなる存在だと気付いてしまっているのだろう。
どんなに仲良くして、傍にいるのが当たり前になったとしても、いつかは自分たちの前から姿を消してしまう。
それを自分でも気付かないうちに本能的に悟ってしまい、ふとしたときに焦燥感に駆り立てられる。
きっかけが何かはわからないが、恐らく今日は、何も云わずにが席を立ったせいだ。
としては、みんなが真面目に課題に取り組んでいるから邪魔しないようにと云う気遣いだったのだが、音也は別な意味で取ってしまった。

―――はいつか、こんなふうにいなくなる。

誰にも――多分翔にも――何も云わず、気付いたら姿を消してしまうに違いない。
その思いが、を行かせまいと音也に行動を起こさせた。些か安直ではあるが、抱きついて動けないようにしてしまったのだ。
案の定は動けなかったし、しっかりした体格の音也を振り払えるだけの力もない。

行かないで。
そう思っても、云えない。
自分では引き留めることが出来ないということにすら、音也は気付いている。
だから『行かないで』とは云えなかった。

時折自分を伺うように見ながら課題を進める音也を見ながらはぼんやり考える。
たかがハンバーグの下ごしらえだ。一晩あれば十分だし、別に急ぐ必要もない。
翔やみんなが怪訝そうな顔で自分たちを見ていることには気付いていたが、申し訳なく思いつつもはその疑問に答えるつもりはなかった。
云えるはずが、ないから。

いつも自分を慕って笑顔をくれる音也のことが、は嫌いではない。可愛い弟分だと思っている。
そんな彼が実は鋭い人だとは気付いていても、こんなことまで気取られるとは思ってもいなかった。
そんなに、わかりやすかっただろうか。
確かにある程度のところで境界線を張っていることは否定しない。いつか消える存在なのだから、あまり深いところでかかわらないほうがいいと思っていたから。
それなのにこのメンバーときたら容赦なく土足で人の心にずけずけと踏み込んできて、一番厄介なのは、それが不思議と不快じゃないことで。
突き放そうと思っても、もはやそんなことは出来ないくらいに、心を許してしまっている。

音也に不安そうな目で見つめられて、そんな目をしないでほしいと思ってしまう。
最初の決意はどこに行ってしまったのかと自分に呆れるが、けれど今更どうすることも出来ない。
このままではいけないと、思うのに。
課題に向かう音也を眺めながら、は思う。
「・・・ここにいるから、大丈夫」

―――そう、せめて、卒業までは。





20120719

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