Dear My Star
幸せになろう。 僕らが出逢ったのは、きっとそのためだから。
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意識的なのか、無意識なのか。
きっと、どっちも。
+++++
きっと、どっちも。
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Dear My Star番外編
彼女との距離
「なぁ、お前冴のことどう思う?」
何気なさを装った翔の言葉に動揺を見せなかった自分を褒めたい気分だった。
手にしていた雑誌のページをゆっくりと一枚捲り、その間になんとか自分を落ち着かせる。そのまま話し始めたら何かとんでもない過ちを犯すような気がしてならなかったのだ。
「何。藪から棒に」
「別に。ただ」
なんとなく。
と呟いて、翔はコーヒー牛乳のストローをくわえた。飲んではいないらしい。翔も自分でこんな質問をしておきながら、居心地が悪くなったのだろう。
もう一枚ページを捲り、今度こそ落ち着いたレンは考える。
冴をどう思うか。
もちろん好きだ。
そうでなければ、レンが特定の女子と長くつるむことはないはずだから。
けれどそれがどの種類の『好き』かというのは些か難しい問題になる。
レンの育った環境のせいで、自分ですらもそれを素直に認めるのが難しいということもあるけれど、それとも少し違う。
冴のことは好きだ。
音楽に対していつもまっすぐで一生懸命で真剣で、彼女を見ていると柄にもなく自分も頑張ろう、という気分になる。
何を隠そう、やる気など欠片もなかったレンを最初に奮い立たせたのは冴だったのだ。きっと、突き放しただけの彼女にそんな自覚はなかっただろうけれど。
もちろんその後にあった春歌との出来事もレンに大きな影響を与えたが、冴のあの視線がなければどうなっていたのかわからない。
「・・・おチビちゃんはどうなわけ?」
ポーカーフェイスを貫いたレンは、答える前に質問を返す。
翔はおそらくこの学校の誰よりも冴と仲が良く、小動物コンビとしても有名だ。姉弟のようだとも云われており、確実に冴の一番近くにいる。
「俺は」
その翔の言葉を聞いてからでも、レンが答えるのは遅くはないだろう。
ちらりと横目に翔を見ると、翔は何故か不満そうな顔をしていた。
「俺は、あいつのことスッゲー好きなんだぜ」
「・・・・・・・・・」
「・・・でもさ」
声がくぐもった。
泣いているわけではないのだろうが、泣きたいくらいなのだろうと想像できた。
いつもは明るく奔放で冴を巻き込んでいる翔のイメージとは正反対の表情だった。
「時々、すげぇ遠いなって思う」
云って翔は、帽子を目深にかぶった。目元は完全に隠れてしまっている。
への字に曲げられた口が、子どもっぽく不満を表していた。
普段だったらからかってやるところだったが、レンは黙って翔の言葉を待った。
「普段馬鹿やって笑って、ずっと一緒にいんのに、いきなり遠くなる」
それは例えば境界線。
どんなに仲の良い翔にさえも踏み込ませはしない確かな境界線を、冴は持っていた。
立ち入ろうとした瞬間に遮られる感覚。
近くにいればいるほど思い知る、絶対の境界線だった。
「こっちくんなって云われてる気になるんだ」
言葉にはされない、けれど確かな拒絶。
気付いた瞬間泣きたくなって、同時に腹が立った。
口では親友だの相棒だの姉弟だの云っておきながら、肝心な部分では結局他人になるのは、酷い裏切りに思えて仕方がなかったのだ。
それなのに。
「・・・なんでかなぁ」
それでも翔は、冴を嫌うことなどできない。
翔は音楽に対して冴ほど熱く真剣になれる人を知らなかった。春歌も十分熱く真剣だとはわかっているが、冴のものとはまた違う。
冴はいつでも必死だった。
いい曲を作りたい。
いい曲で唄ってもらいたい。
そうしたら、すごく幸せ。
そう云って彼女は笑っていた。
確かにいい曲があってそれを唄えるのは幸せなことだと思うが、どうしてそこまで、と思ってしまうほどに幸せそうに冴は云うのだ。
まるで、自分のことのように。
不思議に思いつつも、翔はその理由を冴に尋ねられずにいる。
それも境界線だ。
越えることを許されない、すぐ傍にある透明で強靭な高い壁。
「・・・なんでだろうな」
途方に暮れたような翔の言葉を噛みしめ、レンも呟く。
なんでだろうな。
どうしてだろうな。
いい曲を作って唄ってもらう。
それはとても幸せなことだというくせに――そう云う彼女はいつも泣きそうな顔をしていると、一体どれほどの人間が気付いているだろうか。
「・・・そうだな、俺は」
泣きたくなるほど幸せなのか、それとも。
答えはわからない。
彼女に確かめることも出来ないから。
強くてまっすぐな彼女は、誰かに寄り掛かろうとすることはないから。
きっと手を差し伸べると、笑って首を振るのだろう。
大丈夫、とまた笑うのだろう。
「俺は」
彼女を思い出すと胸が締め付けられる。
この感情の名前を知っているような気がしたけれど、知らないふりをしたかった。
ひとりで立っている彼女は、多分この感情さえもはねのけてしまうから。
「・・・なんだろうな」
自嘲する。
胸が痛いのは、気のせいだと決めつけた。
気付いてしまった距離が、痛い。
20120724
彼女との距離
「なぁ、お前冴のことどう思う?」
何気なさを装った翔の言葉に動揺を見せなかった自分を褒めたい気分だった。
手にしていた雑誌のページをゆっくりと一枚捲り、その間になんとか自分を落ち着かせる。そのまま話し始めたら何かとんでもない過ちを犯すような気がしてならなかったのだ。
「何。藪から棒に」
「別に。ただ」
なんとなく。
と呟いて、翔はコーヒー牛乳のストローをくわえた。飲んではいないらしい。翔も自分でこんな質問をしておきながら、居心地が悪くなったのだろう。
もう一枚ページを捲り、今度こそ落ち着いたレンは考える。
冴をどう思うか。
もちろん好きだ。
そうでなければ、レンが特定の女子と長くつるむことはないはずだから。
けれどそれがどの種類の『好き』かというのは些か難しい問題になる。
レンの育った環境のせいで、自分ですらもそれを素直に認めるのが難しいということもあるけれど、それとも少し違う。
冴のことは好きだ。
音楽に対していつもまっすぐで一生懸命で真剣で、彼女を見ていると柄にもなく自分も頑張ろう、という気分になる。
何を隠そう、やる気など欠片もなかったレンを最初に奮い立たせたのは冴だったのだ。きっと、突き放しただけの彼女にそんな自覚はなかっただろうけれど。
もちろんその後にあった春歌との出来事もレンに大きな影響を与えたが、冴のあの視線がなければどうなっていたのかわからない。
「・・・おチビちゃんはどうなわけ?」
ポーカーフェイスを貫いたレンは、答える前に質問を返す。
翔はおそらくこの学校の誰よりも冴と仲が良く、小動物コンビとしても有名だ。姉弟のようだとも云われており、確実に冴の一番近くにいる。
「俺は」
その翔の言葉を聞いてからでも、レンが答えるのは遅くはないだろう。
ちらりと横目に翔を見ると、翔は何故か不満そうな顔をしていた。
「俺は、あいつのことスッゲー好きなんだぜ」
「・・・・・・・・・」
「・・・でもさ」
声がくぐもった。
泣いているわけではないのだろうが、泣きたいくらいなのだろうと想像できた。
いつもは明るく奔放で冴を巻き込んでいる翔のイメージとは正反対の表情だった。
「時々、すげぇ遠いなって思う」
云って翔は、帽子を目深にかぶった。目元は完全に隠れてしまっている。
への字に曲げられた口が、子どもっぽく不満を表していた。
普段だったらからかってやるところだったが、レンは黙って翔の言葉を待った。
「普段馬鹿やって笑って、ずっと一緒にいんのに、いきなり遠くなる」
それは例えば境界線。
どんなに仲の良い翔にさえも踏み込ませはしない確かな境界線を、冴は持っていた。
立ち入ろうとした瞬間に遮られる感覚。
近くにいればいるほど思い知る、絶対の境界線だった。
「こっちくんなって云われてる気になるんだ」
言葉にはされない、けれど確かな拒絶。
気付いた瞬間泣きたくなって、同時に腹が立った。
口では親友だの相棒だの姉弟だの云っておきながら、肝心な部分では結局他人になるのは、酷い裏切りに思えて仕方がなかったのだ。
それなのに。
「・・・なんでかなぁ」
それでも翔は、冴を嫌うことなどできない。
翔は音楽に対して冴ほど熱く真剣になれる人を知らなかった。春歌も十分熱く真剣だとはわかっているが、冴のものとはまた違う。
冴はいつでも必死だった。
いい曲を作りたい。
いい曲で唄ってもらいたい。
そうしたら、すごく幸せ。
そう云って彼女は笑っていた。
確かにいい曲があってそれを唄えるのは幸せなことだと思うが、どうしてそこまで、と思ってしまうほどに幸せそうに冴は云うのだ。
まるで、自分のことのように。
不思議に思いつつも、翔はその理由を冴に尋ねられずにいる。
それも境界線だ。
越えることを許されない、すぐ傍にある透明で強靭な高い壁。
「・・・なんでだろうな」
途方に暮れたような翔の言葉を噛みしめ、レンも呟く。
なんでだろうな。
どうしてだろうな。
いい曲を作って唄ってもらう。
それはとても幸せなことだというくせに――そう云う彼女はいつも泣きそうな顔をしていると、一体どれほどの人間が気付いているだろうか。
「・・・そうだな、俺は」
泣きたくなるほど幸せなのか、それとも。
答えはわからない。
彼女に確かめることも出来ないから。
強くてまっすぐな彼女は、誰かに寄り掛かろうとすることはないから。
きっと手を差し伸べると、笑って首を振るのだろう。
大丈夫、とまた笑うのだろう。
「俺は」
彼女を思い出すと胸が締め付けられる。
この感情の名前を知っているような気がしたけれど、知らないふりをしたかった。
ひとりで立っている彼女は、多分この感情さえもはねのけてしまうから。
「・・・なんだろうな」
自嘲する。
胸が痛いのは、気のせいだと決めつけた。
気付いてしまった距離が、痛い。
20120724
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