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Dear My Star

幸せになろう。 僕らが出逢ったのは、きっとそのためだから。

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とレンの初めての会話。



+++++
「ねぇ」

彼女が現れたのは突然だった。
各務はレンと同じSクラスの作曲家コースで、三つ編みに眼鏡という典型的に地味な格好をしている女子生徒だ。
よくよく見れば整った顔をしていると思うのだが、ちゃんと見なければ気付かないくらいに地味な格好に徹しているのは少々レンの興味を引いていた。
しかしなんとなく話しかけるきっかけもないままいたのだが、その彼女が何故かご立腹だった。
はて、とレンは思う。
自分と彼女にはクラスメイトという接点くらいしかないし、ほとんど話したこともない。デートの約束をすっぽかしたわけでもないし、怒って話しかけられるような覚えはないのだが。

とはいえレンは根っからのフェミニストだから、例え彼女の怒りが自分にとって理不尽であったとしても冷たく突っぱねるようなことはしない。
いつもの甘い笑顔を浮かべ、軽く首を傾げる。
「何だい、レディ?」
「そのプリント、早く終わらせてくれない?」
出してないの、あなただけなんだけど。
憮然と云われ、自分の手元に置きっぱなしになっていたほとんど白紙のプリントに漸く気付いた。
今日最初の授業で配られたもので、そういえば放課後までに提出と云っていたような気がする。
上の空だったので聞いていなかったが、おそらく彼女が回収係を命ぜられたのだろう。

俗に云う委員長のような居出立ちのの席は真ん中一番前だったから、きっと教師も頼みやすかったに違いない。
しかし、おや、と思う。
折角レンがにっこりと微笑んでやったのに、は微塵も表情を変えなかった。
女の子にそんな反応をされるのは初めてだった。
それどころか、真っ白のプリントを目にして眉間のしわを深くしたと云ってもいいだろう。
「・・・やる気あるの?」
「やる気?」
鸚鵡返しにしたレンを、冴は見た。
未だに眉間のしわは刻まれたままだが、不思議と彼女から怒りは感じなかった。
不審に思っている、というのがしっくりくる。
レンは軽く肩をすくめ、ピラリとプリントをはためかせる。
「こんな紙切れにどうしてやる気なんて出せるのかのほうが、俺は謎だね」

自分の意志でこの学園の門をくぐったであろう他の生徒とは違い、レンは厄介払いのために放り込まれたにすぎないのだ。
だというのに、こんな紙切れ相手に必死にならなければならないなど、あまりに馬鹿げた話だと思う。
どうにでもなればいい。
クラスを落とすなら落とせばいいし、放校するならそれでもいい。
きっと実家に帰ることはないだろうから、どこか海外に行ってのんびりと過ごしてもいいかもしれない。
入学して1週間も経っていないが、レンはもうこんなことを考えていた。
自分の意志など、どうせここにはないのだから。
例えどんなに努力しても、それは自分のためではなく神宮寺家のためになる事実は変わらない。
もう、あの家に振り回されるのは疲れてしまったのだ。

レンでさえはっきりと言葉にすることの出来ずにいるこの感情を、他人に理解してほしいとは微塵も思わなかった。
だから。
「・・・そう」
レンの言葉を黙って聞いていたは、徐々に表情を失くしていった。
口を真一文字に結び、眼鏡の奥の眼は冷たくレンを見ていた。
そして一言、ぽつりと漏らしてレンに背を向ける。
これはレンも予想外だった。
多少の説教くらいは覚悟していたのだ。
「・・・何も云わないんだ?」
「好きにしたらいいんじゃないの?」
にべもなく、何の感情も籠っていない言葉を文字通り吐き捨てられた。
じく、とレンは心に何かが刺さるのを感じた。
怒られた方が、怒鳴りつけられた方がマシだ、と思わされる声だった。
息を飲んだレンを肩越しに振り返って見つめたは。

「やる気のない人間に割いてやる時間なんか、私にはないから」

だから、好きにしたらいい。
それだけ告げると、本当にさっさと他の生徒のプリントを持って教室を出て行ってしまった。
幸いにしてすでに放課後だったし、特に大声を出していたわけでもないので今のふたりのやりとりを見ていた生徒はいなかっただろう。

レンは意識せず、自分の心臓を抑えていた。
そっと目を閉じると、の言葉がよみがえってくる。
似たような言葉を云われたことがあるが、そのときは本当になんとも思わなかった。強がっているわけではなく、本当に。
だから、冴の言葉がどうしてこんなにも頭に残るのか自分でもわからなかった。
―――やる気など。
そんなもの、放り込まれた先のこの場所で出るはずがない。
己の意志が貫けないような場所に居続けたいと思うほど愚かではないのだから。
それなのに。

気付くとレンはプリントを埋めはじめていた。
正直に云うと、気は進まない。
自分にとっては簡単な内容だが、楽しいとも思えない。
けれどこれはやり遂げなければならないと、妙な焦燥感に駆られてしまった。
のあの視線が目に焼き付いて離れない。
あれは、嫌だった。
不快だったのではなく、あの目で見られるのはひどく恐ろしいと思ったのだ。
家族から向けられるものとも、女の子たちから向けられるものとも違う。
レン自身に興味がないというあの視線には、どうにも耐えられそうになかった。
とにかく今は、このプリントをさっさと提出しよう。
それから、もう一度今度は自分から話しかけてみよう。
きっと彼女は呆れたような顔をするに違いないけれど、褒めてくれるに違いない。
レンはの性格などわからないが、しかしそうであればいいと思った。
知らず、口の端が持ち上がる。


レンがに対する執着の意味を自分で理解する、少し前のことである。





でもきっとはこのやり取りのことすっぱり忘れてるに違いない。ということを踏まえて食堂での邂逅です。


20120710

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