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Dear My Star

幸せになろう。 僕らが出逢ったのは、きっとそのためだから。

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ふと核心をついてくる君が、少し怖いよ。



+++++

プールに行きたいと云い出した音也の台詞は聞かなかったことにした。
カリカリとペンを走らせる音だけが部屋に響く。のほうはもうほとんど終わっているが、音也のほうはまだ半分も進んでいなかった。
「ねえねえプール行きたくない?」
「行きたくない」
「えー」
「いいから手を動かしなさい」
さっきから30分ごとに繰り返されている会話である。

課題が難しすぎると泣きついてきたのだが、休日の朝っぱらからの部屋に押しかけてきた音也はしかし集中力がない。実技課題は積極的に取り組むし結果もそれなりに残すくせに、筆記課題になると途端にこれである。
馬鹿とはいわないが、おバカとは云いたくなる。この微妙なニュアンスの違いを察していただきたい。
ちゃーん」
「・・・・・・・・・」
ちゃーんちゃーん」
「いくらちゃんか」
「さすがにあれよりは語彙力あるよ!?」
「あらぁ、語彙力なんて難しい言葉知ってたの? 偉い偉い」
「あれ、もしかして俺バカにされてる?」
「してないよ?」
思ってるけど。

残念ながら音也は、音にはしなかった言葉を察するという高度な技術は持ち合わせていなかった。
笑顔の否定に笑顔になると、ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあプール行こう!」
「何が『じゃあ』なのか説明して且つ私を納得させられたら考えてあげてもいいよ」
「俺がちゃんと遊びに行きたいからプール行こう!」
漸進的に頭痛が増してきた気がするのは気のせいではないと思う。ついにはこめかみを抑えて俯いた。
「あれ、ちゃん具合悪いの?」
お前のせいだよ。
とは云えないであった。
結局は音也には甘いことを自覚している分、余計腹立たしかった。を困らせているのは自分だと自覚があるのかどうかは知らないが、心配しているのは本当なのだ。
これが翔やレンであれば遠慮なく暴言を吐けるものを。は犬属性で弟属性の音也にはあまり強く云えないのだ。なんだか最近ではそれをいいことに音也の我儘がエスカレートしてきた気がするのは本当に気のせいなのだろうか。無邪気な顔で計算しているような気が。
と思っても、結局あの捨てられた犬のような目で見られると、たいていの我儘は許してしまうのだからたちが悪い。

しかし、課題が絡めば話は別である。
みんなも誘って遊びに行こうとバタバタしている音也に、はひとつ長く重いため息をついてから、にっこりと微笑んで。
「・・・そんなに行きたいなら、行ってもいいよ」
「ほんとっ!?」
その代わり、と笑顔を深めた。

「二度と課題見てあげない」

「・・・・・・え・・・」
「課題を途中で投げ出して遊びたいなんていう人に構ってるほど私は暇じゃないからね?」
「う・・・・・・」
「遊びたいなら遊んであげる。だけど今後どんなに音也が困ってても、課題は見てあげないから覚えておいてね。さ、それじゃあ行こうか? プールでも海でも付き合ってあげる」
このときの音也の顔といえば、実に見物であった。
人間は表情だけでここまで絶望を伝えられるものだったらろうかと感心さえした。
一瞬云いすぎたかな、とも思ったが、ここで甘やかしては音也のためにもならない。やるべきことを先延ばしにして己の欲求のままに動いていては、そしてそれを周りが許容してしまえば音也の将来にも関わるだろう。
姉代わりとしてそれはいただけなかった。
誰に頼まれたわけでもないが、こういう教育は疎かにしてはいけないとはある意味での使命感を背負っていた。

だからここは冷たいと思われても冷たく突き放さなければならない―――はずなのだが。
やはりどうしたって、は音也に甘いのだ。
「・・・ちゃんと課題終わらせたら、本当にどこでも付き合ってあげるから」
しょぼくれてしまった音也を見て、思わずフォローしてしまう。
甘い。
甘すぎる。
ショートケーキのように甘ったるい。
しかし、パッと一気に顔を輝かせた音也にホッとしてしまう自分が情けなかった。
「・・・ほんと? 終わってからだったらいい?」
「本当」
云うと音也は急に真面目に課題に向かい始めた。さっきまでは少し書くごとに唸ったりゴロゴロしたりしていたのに、いきなりこれである。出来るなら最初からやりなさい、と云いたくなったがそこはさすがに我慢して。
「・・・どうしてそんなに遊びたいのかしらね」
思わずポツリと零してしまった。
すると音也はうーんとひとつ考えて、云う。
「遊びたいっていうか」
そこで手を止めてを見た。

ちゃんとみんなと遊びたいんだよ、俺は」

はもう課題を終わらせてぼんやりと音也の課題に目をむけていたのだが、頬杖をついたまま固まった。
そんなの様子には気付かないまま音也は続ける。
「だって学校は一年じゃん? 二年三年あるならまた来年、て思うけど、それがないから」
だから今しかできないことをみんなでやりたいんだ、という音也の言葉に、は息を飲んだ。

今しかできないことを。
それはも思っていたことだ。
冴は学園を卒業するまでの一年間しか作曲の勉強に専念出来ない。だから我武者羅に学ぼうとしていた。
けれどそれは、ここでであった友人たちと一緒に過ごせるのも、同じように一年間しかないということで。
改めて云われて、改めて気付く。
学べる時間と楽しい時間は―――もう一年もない。

短すぎると思っていた時間は、やはり短かった。
思うように勉強する時間と同時にがこの環境に居心地の良さを感じてしまえば、一年なんて短すぎたのだ。
「だから、課題頑張って終わらせるからさ!」

屈託なく笑う音也に、もそっと微笑む。
この音也の底抜けの明るさには何度も救われた。時には腹立たしさすら覚えることもあるが基本的に音也の笑顔は眩しくて、もつられて笑顔になれる。
今もそうだ。
気付きたくはなかった、けれど確実に訪れる未来に泣きたくなったのに、音也が笑ってくれるからも笑顔になれる。
嘘ではない、作り物ではない笑顔。
確かに満面の、とは云えないが、それでも。
「・・・うん」
頷いたに、音也はまた笑った。
「よし、じゃー超特急でやるから、ちょっと待ってて!」

きっと音也に、自分の笑顔がどれほど人に元気を与えているかという自覚はないだろう。だからこその力なのだと思う。
一心不乱にペンを走らせる音也を見つめながら、は小さく微笑んだ。

出来ればずっとその力を失わないで欲しい。
が唄で人に幸せを与えられることを望んでいるのと同じように、音也には笑顔で人に幸せを分け与えられるように。
そうであればいい。
目を閉じる。
それから、音也に向かって微笑んだ。
気付いた音也が、不思議そうに、けれど嬉しそうに笑顔を返す。

その笑顔の意味は、知らないで欲しいとは思った。





ゴールがサヨナラである事実が苦しいだなんて、そんなこと


20120716

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